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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)8786号 判決 1989年9月26日

原告 黒沢建設工業株式会社

右代表者代表取締役 黒沢敬彦

右訴訟代理人弁護士 大倉克大

被告 松原俊夫

右訴訟代理人弁護士 小川恒治

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  本件につき当裁判所が昭和六二年七月二五日になした強制執行停止決定はこれを取り消す。

四  この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  亡松原豊治承継人被告から原告に対する中野簡易裁判所昭和五六年(イ)第二三号事件和解調書第二項、第九項に基づく強制執行はこれを許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一、二項と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告と亡松原豊治(以下「豊治」という。)との間には、豊治を申立人、原告を相手方として、昭和五六年四月二〇日中野簡易裁判所において同裁判所昭和五六年(イ)第二三号事件につき和解(以下「本件和解」という。)が成立したとして別紙記載のとおりの和解条項(以下「本件和解条項」という。)の記載された和解調査(以下「本件和解調書」という。)が存する。

2  豊治は、昭和六二年一月一日死亡し、被告が相続により豊治の一切の権利義務を承継した。

3  ところで、本件和解条項第一項は、「原告は豊治に対し、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。なお、本件土地を含む東京都杉並区清水三丁目九三番畑一五六〇平方メートル全体を指称するときは「九三番の土地」と、また、右土地に隣接する豊治もと所有の同所九四番の土地については「九四番の土地」とそれぞれいう。)につき何らの占有権原のないことを確認する。同第三項は、「豊治は、原告に対し、昭和六〇年一月三一日まで本件土地の明渡を猶予する。」旨本件土地の使用関係があたかも一時使用を目的とする賃貸借であるかのようにそれぞれ定めている。しかしながら、本件和解は、次に述べるように無効であり、本件土地の使用関係の実質は普通建物所有を目的とする期間の定めのない賃貸借であるから、被告は、本件和解条項第二項、第九項に基づき、原告に対して本件土地の明渡を求めることは許されない。

(一) 紛争性の要件の欠如・脱法行為

豊治と原告代表者黒沢敬彦(以下「黒沢」という。)は、両者とも檀家である蓮華寺の役員(豊治は総代、黒沢は参与)をしていた関係で知り合いそれ以来懇意にしており、相互の人的信頼関係も良好であった。原告は、昭和五一年一二月頃、豊治から本件土地上に前賃借人が放置していたトタン屋根建物の解体、トラック部品等の撤去・整理作業の注文を受け翌昭和五二年一月頃これを実施したが、当時環状八号線の幅員拡張工事のために原告の肩書地所在の事務所敷地約一〇〇坪のうち約五〇坪が東京都に買収される計画があり原告が右事務所の隣にあった木造二階建・建坪約三〇坪の倉庫及び作業所を移転せざるを得ない事情にあったため、黒沢は、豊治に対し、「本件土地を貸してくれないか。」と申し出たところ、豊治も、昭和五二年一月二八日頃、原告に対し、本件土地上に原告の現場事務所・倉庫・作業所・林場を建設することを快く承諾し本件土地を月額賃料金二〇万円で賃貸したのである。したがって、豊治は、原告が長期にわたって本件土地を賃借するであろうことを予測していたのであり、現に豊治自身本件土地について当面使用計画がない旨明言していたのである。原告は、昭和五二年に本件土地を賃借して以来約一〇年間にわたって一度も明渡を求められたことはないし、被告側に本訴で主張しているような本件土地上にマンションを建築する具体的計画はなかったのである。以上のとおり、昭和五二年の第一回目の即決和解当時も昭和五六年の第二回目の本件和解時にも豊治と原告との間には本件土地の一時使用を基礎づける客観的事情は何らなかった。ただ、豊治が第一回目の即決和解の当時即決和解の形式にすることを希望したので、原告もこれに快く応じ、その後月額賃料も金二五万円に増額され再度本件和解をしたものであり、本件和解は、単に書類上の形式を整えるために第一回目の即決和解調書の書替手続をしたにすぎない。そうすると、豊治と原告との間において賃貸借の目的・期間・賃料額等はいずれも明確になっており、両者の間に何ら紛争は存在しなかった。仮に紛争が存在したものとしても、本件和解は、借地法の規定を潜脱するためにとられた脱法行為であり無効である。

(二) 普通建物所有を目的とする賃貸借契約の存在

仮に本件和解について紛争性の要件が認められ脱法行為に当たらないとしても、本件土地の賃貸借は、普通建物所有を目的としていて、臨時設備その他一時使用のためでないことが明白であり、これを容認することは借地権者である原告に不利であるから右一時使用の約定のない普通の賃貸借と解すべきである。すなわち、本件賃貸借契約は、前述した経緯で締結されたものであり、原告が本件土地上に建築した事務所兼倉庫及び林場がいわゆる普通建物であることは、建物の基礎部分及び建物の機能をみれば明らかである。つまり、右事務所兼倉庫の左半分は、基礎がブロック造りであり、右半分及び床はコンクリート造りになっており、水道・電気・電話等も引かれている。また、林場は、地下一メートル位を掘って約一立方メートルのコンクリートの堅固な基礎を造り、その上に鉄骨の支柱を建てて使用されている。また、前述したように豊治は、原告が営業上本件土地を継続して使用する必要性があることを認識しており、本件土地の使用計画を特にもっていなかったのである。しかも、第一回目の即決和解の明渡猶予期間は特段の事情もないのに更新され、一〇年間余の長きにわたって原告は本件土地の明渡を一度も求められたことはなかった。更に、被告が原告に対し本件土地の明渡を求めてきた当初の話は東村山の被告所有の土地への移転の要請であったのであり、被告自身本件土地の相続税の申告に際して、他の賃貸土地と同様に借地権割合を六割と評価して申告している。以上のことから、原、被告間の本件土地の利用関係は、普通建物所有を目的とする期限の定めのない賃貸借契約であることは明らかである。

4  よって、原告は、本件和解調書の第二項、第九項の執行力の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1・2の事実はいずれも認める。

2  請求原因3の事実のうち、本件和解条項第一項、第三項の記載内容は認めるが、その余の事実は否認する。

3  異議原因に関する被告の主張は以下のとおりである。

(一) 紛争性の要件について

本件和解は、次のような事情のもとで成立したものであって、権利関係の内容・範囲を明確にし、将来の争いを防ぐ目的があり、和解の要件である紛争性の要件を欠くものではないし、脱法行為ともいえない。すなわち、本件土地は、豊治の所有であったところ、その一部の土地部分は、昭和五〇年以前から訴外金竜学が不法占拠し同地上に物置を建て自動車解体等を業としていた。そこで、豊治は、昭和五一年初め、同訴外人に対し右土地部分の明渡請求訴訟を東京地方裁判所に提起し、同年七月二一日の第七回口頭弁論期日において同訴外人との間に、同訴外人は豊治に対し、昭和五一年一二月三一日限り右物置を解体し自動車解体残物等を搬出して右土地部分を明渡す旨の和解が成立し、同訴外人は、右期日までに右土地部分を明渡したが、物置及び自動車解体残物等は放置したままであった。ところで、豊治は、生前約三〇年間にわたって東京都杉並区本天沼二の一七所在の蓮華寺の総代をしていたところ、原告の代表者黒沢も同寺の檀家で相互に知り合いであった関係から、豊治は、同年一二月七日、原告に対し、右土地部分の北側の一部を、自動車一〇台分の駐車場として、期間一年、契約解除又は明渡の通告を受けたときは一五日以内に明渡す、豊治が右駐車場の南東側に駐車場をつくったときはそこに移転する、との約定で賃貸するとともに、同月三〇日、金竜学明渡後の前記物置及び自動車解体残物等の残存物の処理を依頼し、右処理は翌昭和五二年二月までに終了した。原告は、右処理の途中から、豊治に対し右土地部分の一時使用を求めてきた。豊治としては、前記のような経緯で明渡を受けた土地であり、将来マンションを建築する予定であり(現に豊治は、昭和五一年に本件土地に隣接する九四番の土地上にマンションを建築している。)、右残存物の処理も終わっていなかったため、気は進まなかったが、前記駐車場移転予定地に原告が使用を希望する土地が含まれていたこともあって、話合いの結果、原告に占有権原がないことを明確にして明渡を猶予し、その間原告が使用できることにすることで両者が合意した。しかし、権利関係の内容範囲も明確でなく、将来争いの起きることも予想されたので、豊治と原告は、同年二月二四日、中野簡易裁判所で、原告と豊治は、本件土地に関する使用貸借契約を合意解除した(第一項)、原告は豊治に対し、昭和五六年一月三一日限り仮設物等その他の地上物件全部を収去し、本件土地を明渡す(第二項)旨の即決和解をした。ところが、右明渡期限が到来しても原告が本件土地を明渡さないので、豊治は、不安はあったが、原告との話合いの結果やむなく再度本件和解をしたものである。なお、右各即決和解は、いずれも原告において弁護士を代理人として選任して豊治側と折衝した結果成立したものである。

(二) 本件土地の占有使用関係は、「建物の所有を目的とする」賃貸借契約ではないから、本件和解は、借地法一一条の趣旨を潜脱するものではない。

これは次のことからも明らかである。

(1) 原告は、本件和解において本件土地について仮設物の設置しか認められていない。右仮設物は、昭和五二年当時約二五三万円で造られたもので現在は無価値であり、日中は閉鎖されており事務所として使用されていないし、未登記のままで固定資産税課税台帳にも登録されていない。

(2) 豊治は権利金を受取ってない。戦後借地権が強化された結果、昭和三〇年以降杉並区内で、権利金授受と関係なく新たに建物所有を目的として土地を賃貸する例は絶無である。本件土地の使用料は、自動車四〇台の駐車場として使用することを前提に一台当たり五〇〇〇円の計算で合計二〇万円に定められたもので、この額は当時としては安くはあっても高くはなかった。

(3) 即決和解は紛争防止の手続であり、本件和解条項で使用されている使用損害金、明渡猶予期間等の文言は厳格に解釈されるべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1・2の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3の事実のうち、本件和解条項第一項、第三項の記載内容は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和四二年頃から肩書地に事務所を置き、建物解体業を営んでいる。

2  豊治は、代々地元で農業を営む松原家の当主として多数の農地・貸地を所有し、昭和三八年頃以降その檀家である杉並区内所在の蓮華寺の責任役員も勤めていた。

3  本件土地(別紙図面のイ・ロ・ハ・ニ・イの各点を順次直線で結んだ線で囲まれた範囲の土地)は、豊治の所有であったところ、そのうち同図面のイ・ロ・ホ・ヘ・イの各点を順次直線で結んだ線で囲まれた範囲の土地部分五九一・六六平方メートルは、昭和五〇年以前から訴外金竜学が不法占拠し同地上に床面積約二七・五平方メートルの物置を建て自動車解体等を業としていた。そこで、豊治は、昭和五一年初め、同訴外人に対し土地明渡の訴えを東京地方裁判所に提起し、同年七月二一日の第七回口頭弁論期日において同訴外人との間に、同訴外人は豊治に対し、昭和五一年一二月三一日限り右物置を解体し自動車解体残物等を搬出して右土地部分を明渡す旨の和解が成立し、同訴外人は、右期日内に右土地部分を明渡したが、物置及び自動車解体残物等は放置したままであった。一方、豊治は、同年八月一二日頃本件土地の東側に隣接する自己所有の九四番の土地に鉄筋コンクリート造陸屋根二階建共同住宅(マンション)及び同三階建共同住宅(マンション)を建築しこれらをいずれも一括して訴外帝人株式会社に賃貸したが、その際右各建物敷地の東側道路沿い空地にマンション居住者用の駐車場を設置した(被告は、豊治が当時から本件土地上にもマンションを建築する計画があったかのごとくに主張するが、そのように断定するに足りる証拠はない。)。

4  黒沢は、当時環状八号線に面した前記原告の事務所に隣接する駐車場が同道路拡幅工事のため閉鎖され新規に駐車場を必要としていたため、昭和五一年一二月七日、豊治から本件土地の北側に位置する九三番の土地の一部を賃借したが、その際当事者間で作成された契約書には、「自動車駐車場使用契約書」なる表題が付され、「この駐車場の番号十三番以降一〇台分」、「駐車料は壱ケ月金五萬円」、「乙(原告)は甲(豊治)より契約解除又は明渡しの通告を受けたる場合は、その日より拾五日以内に明渡すこと。」なる記載とともに、特記事項として、「移転予定日昭和五拾二年弐月トスル東側隣接駐車場完成場合本契約自動車拾台分ハ隣接駐車場ニ移転スルモノトスル」旨の記載がある(原告代表者本人は、右にいう「隣接駐車場」とは前記マンション居住者用の駐車場を指す旨供述するけれども、確かに「東側隣接駐車場完成場合」の表現は若干意味不明であるとしても、マンション居住者用の駐車場に移転するというのはいかにも不自然であり、むしろ右「隣接駐車場」とは当時地上物件の解体・撤去後全体が空地となることが予定されていた本件土地を指すものとみるべきである。)。

5  豊治は、昭和五二年一月、原告に対し前記金の残置した物置及び自動車解体残物等の解体・撤去及び本件土地周囲の鉄製フェンスの新設工事を依頼し、原告はその頃これを施工した。

6  黒沢は、前記道路拡幅工事のため同人所有の原告の事務所敷地約一〇〇坪のうち約五〇坪を東京都に買収されることになり、同地上の作業所と倉庫を移転する必要があった。そこで、黒沢は、右解体工事中豊治に対し、「本件土地を貸してほしい。」旨申し入れた(黒沢の供述によれば、同人は、豊治に対し、「倉庫」として使用したい旨申し入れたというのであるが、豊治の死亡した今日同人と黒沢との間にいかなるやりとりがあったのかは証拠上なお詳らかにできない。)。

7  その結果昭和五二年三月二四日中野簡易裁判所において豊治と原告との間に第一回目の即決和解調書が作成されたが、右和解調書には、「豊治と原告が本件土地に関する使用貸借契約を昭和五二年一月三一日限り合意解除した。」、「相手方(原告)は本件土地を綜合解体の業務用資材置場および自家用貨物自動車の駐車場として使用することを目的としこれに要する次の仮設構造物を建てることができる。

①仮設プレハブ二階建(一階五七・八五平方メートル、二階五七・八五平方メートル)、②軽量鉄骨による林場(高さ約六メートル、広さ二六・四四平方メートル)、③鉄パイプの柱でトタン屋根の作業所」、「相手方(原告)は本件土地の上に(前記物件以外の)構造物を設置するときは予め申立人(豊治)の書面による承諾を得なければならない。」などと記載されている。なお、右即決和解は、本件和解と同様に豊治の申立によるものであるが、原告の代理人弁護士訴外伊藤正昭が豊治側と折衝した結果成立したものである。しかし、右即決和解申立に当たり、原告ないし右代理人から格別疑義ないし異議が申し立てられた形跡はない。

8  豊治は、黒沢との間にそれまで格別の情誼関係はなかったが(原告代表者本人(第一、二回)は、同人も前記蓮華寺の檀家で同寺の参与を勤めていた関係で豊治とは寺の行事や町会の行事等で顔を合わせたり盆暮の挨拶をする極めて親しい間柄であったかのごとくに供述するが、同人が右参与であったかどうかはともかく、右供述は、《証拠省略》に照らし、俄に措信できない。)、本件賃貸借において権利金、敷金、保証金等は何ら授受されず、当初の月額賃料金二〇万円についても通常の相場に比べて特別に高額と認めるべき事情はない。

9  本件土地上に現存するプレハブ二階建建物、林場(解体工事現場用丸太の置場)、トタン屋根の作業所はいずれも前記第一回目の即決和解成立直後築造されたものであるが、このうち、プレハブ二階建建物は、屋根がトタン瓦葺、壁はトタンパネル張り、柱は鉄骨、基礎は地盤の関係で半分がコンクリート、半分がブロックとなっており、土台は三寸角でまわしてあり、土台と基礎はボルトで結合してあり、水道・電気・電話も引かれ、トイレも設置されている。林場は、幅一〇センチメートル位の四角の鉄柱で造られており、基礎の部分は、縦方向に長さ約三メートル、幅約四〇センチメートル、深さ約一メートルのものが三か所、横方向に長さ約五メートル、幅約四〇センチメートル、深さ約一メートルのものが二列造られている。トタン屋根の作業所は、屋根がトタン瓦棒葺、壁はトタンパネル、柱は鉄骨となっており、土台は三寸角柱で基礎と土台は鉄のかすがいで結合されている。また、右建物・構造物は、いずれも未登記のままであり固定資産税課税台帳にも登録されていない。本件土地の面積は、約七四一・六平方メートルであるのに対し、同地上の右建物・構造物の敷地面積は、本件和解調書添付の物件目録によれば合計約一一七・二九平方メートルであり、右敷地面積の本件土地全体に対する割合は約一六パーセント(右プレハブ二階建建物だけでいえば約八パーセント)である。更に、原告代表者本人は、右プレハブ二階建建物の一階を事務所及び道具置場、二階を倉庫として使用している旨供述するが、これらが常時使用されているのかなどその具体的使用状況は証拠上必ずしも判然としない。

10  豊治は、昭和五六年四月二〇日、原告との間に、明渡期限を昭和六〇年一月三一日とする点及び月額使用損害金を金二五万円とする点を除き、第一回目の即決和解とほぼ同旨の本件和解を成立させた。本件和解の申立書においては、「豊治と原告間には明渡猶予期間及び損害金の額について紛争があった」、「原告は第一回目の和解に基づく明渡期限が到来したのに本件土地を明け渡さない」などの記載があるが、原告ないし原告の代理人弁護士伊藤正昭から疑義ないし異議が表明された形跡はない。

11  被告は、昭和六二年五月一四日頃、原告に対し、相続税支払のため本件土地を売却する必要があるとして、本件土地の明渡を求めたのであるが、右相続税申告に当たり、九三番の土地の北西角に貸家二軒を所有していたため、本件土地についてもいわゆる建付減価(借地権割合六割×借家権割合四割)をして申告している。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

三  原告は、即決和解の申立は民事上の紛争についてのみ許されているところ、本件和解は右紛争性の要件を欠き、あるいは借地法の規定を潜脱するもので無効である旨主張する。

しかしながら、民訴法三五六条所定の和解が将来における訴訟防止を一つの目的とするものであることは明らかであり、同条の規定における右目的に照らし、同条所定の「民事上の争い」とは権利関係の存否・内容及び範囲についての現在の紛争に限られるものでなく、権利関係についての不確実、将来における権利実行の不安全もこれに含まれると解すべきである。

本件和解申立の内容たる一時使用のための土地賃貸借の関係においては、殊にそれが一時使用のための賃貸借であるか否かについては、これが訴訟上の争点として争われる事例が少なからず見受けられる実情に鑑み、他に特段の事情を認めるべき資料のない本件においては将来の紛争発生の可能性を予測しうる権利関係の不確実または将来の権利関係実行の不安全の存する場合として、同条所定の「民事上の争い」ある場合と認めるのが相当である。

本件和解申立書自体によっても、当事者間において話し合った結果、本件和解申立をなすに至ったというのであるから、右申立は、当事者間に事前に賃貸借に関する一応の合意がなされたうえ、これについてその内容を明確にして将来の紛争を予防するためになされた申立と解しうる余地がないでもなく、当事者間に全く既存の法律関係がないと即断し難いところである。

この点は暫く措くとしても、申立に係る法律関係について、権利関係の不確実または将来の権利実行の不安全が存する限りは、当該和解の成立によりはじめて新たな権利関係の設定がなされる場合でも、一旦合意成立により権利関係が設定されて後和解の申立をなす場合でも、将来の紛争防止の必要性ある点においては、右両者は何ら異なるところはなく、民訴法三五六条における右規定の前記目的に照らすときは訴訟防止のための和解について、特に前者を除外して後者の場合のみ要件ありとし、前者については、後に紛争の生じるのを待って然る後に、訴訟により解決すべきものとしなければならない理由はない。

また、和解の申立が借地法等の強行規定を潜脱して債務名義を獲得するためにのみなされる場合は、前同条所定の「民事上の争い」の要件の存否とは別個の、申立権の濫用等の問題であって、この様な場合当該申立を却下すべきことは当然であるが、第一回目の即決和解及び本件和解の申立がこれに当たると認めるべき資料は全く存しない。

以上のとおり、即決和解の要件及び借地法潜脱に関する原告の主張は理由がない。

次に、原告は、原告と被告との間には本件土地について普通建物所有を目的とする賃貸借契約が存在する旨主張する。

ところで、即決和解による賃貸借の場合には、それが裁判所の面前で成立するところから、単なる私法上の契約の場合に比し、双方の利害が尊重され当事者の真意にそう合意の成立をみる場合が多いであろうが、賃貸借契約が即決和解により成立した一事をもって、右契約に借地法一一条の適用がないとするのは相当ではなく、即決和解により成立した賃貸借についても、その目的とされた土地の利用目的、地上建物の種類、設備、構造、賃貸期間等、諸般の事情を考慮し、賃貸借当事者間に短期間にかぎり賃貸借を存続させる合意が成立したと認められる客観的合理的な理由が存する場合にかぎり、右賃貸借が借地法九条にいう一時使用の賃貸借に該当するものと解すべく、かかる賃貸借については、同法一一条の適用はないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、当時本件土地にマンションの建築計画があったか否かは別として、豊治としては、現に本件土地に隣接する自己所有の九四番の土地を賃貸マンションの敷地として利用していたのであるし、また上述のような金竜学との過去の紛争の経過に鑑み、再び将来長期にわたり、本件土地を占有されることを危惧し、本建築にあらざる仮建築物の所有を目的とし存続期間も短期間に限定する意図を有していたものというべく(豊治がわざわざ原告に依頼して本件土地の周囲に鉄製フェンスを設置しているのもその一つの証左であり、昭和五二年三月二四日成立した第一回目の即決和解においても、和解条項第一項で豊治と原告とが本件土地に関する「使用貸借契約」を「合意解除」する旨規定されており、第二項で賃貸借期間満了時の原告の地上物件全部の収去土地明渡条項までことさら定めていることは、本件の実態からすれば、一部措辞適切を欠くけれども、豊治が本件土地の明渡についてあれこれ配慮していたことを強く推測させるものというべきである。)、金の残置した物件の解体撤去工事に当たり、また、駐車場等の移転を迫られ、暫定的にしてもこれらを別の場所に確保する必要があったとみられる原告としても豊治の右意図を十分察知し得たものと推認するに難くない。

しかも、原告が本来本件土地上に建築を許容されていたのは「仮設」建物にすぎないのであり、現実に建築されたものについてみても、いずれも建物としての表示登記がなされておらず、固定資産税課税台帳にも登録されておらず、また、その投下資本額は必ずしも明らかではないが、種類・構造・設備及び借地全体に占める割合等から考えて、解体・移転・撤去は比較的容易であるとみられ、原告としても右投下資本額の相当部分を回収したのではないかともみ得るのである。

しかして、前記認定事実と前記各即決和解調書の記載内容とからすれば、原告と豊治との間の本件土地の賃貸借の主たる目的は当初より一貫して、これを業務用貨物自動車の駐車場として使用するとともに、業務用の資材置場として使用することにあったものであって、普通建物所有を目的とするものではないと認めるのが相当であり、ただその目的をよりよく実現するための付随的施設として前記のような仮設の建物・構造物の設置が許容されてきたものと認めるのが相当というべきである。

しかして、地主側としても、所有地の自己使用の必要性ないし可能性が、将来的にはともかく、当面はないか、または弱い場合に、土地の不法占拠を防ぎ土地の効率的利用をはかるためにこれを一時貸与することは、それなりに多分に客観的合理的理由があるというべきである。

そして、豊治と原告は、昭和五六年四月二〇日、本件和解をしたのであるが、前記第一回目の即決和解をしたときから本件和解をするまでの間に格別の事情の変化にあったことは認められないから、「一時使用」の文言が使用されていないこと、使用損害金額が増額されていること、明渡期限の昭和六〇年一月三一日から昭和六二年五月一四日頃まで明渡要求のなかったことなどの諸事情を考慮してもなお、これまた豊治と原告は本件土地について一時使用のための賃貸借契約を締結することに合意し本件和解をするに至ったものと認めるのが相当である。

以上のとおり、豊治と原告との間には一時借地権設定の合意があり、借地法の制限を排除する客観的合理的事情も存在するものというべく、原告の本件土地の使用関係についての主張は理由がない。

四  よって、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行宣言につき民事執行法三七条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小澤一郎)

<以下省略>

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